休憩タイム・夜話

私が前記事「休憩タイム」で最近まで流れていたNHKみんなの歌の 「hana」を取り上げたのは、実はさる2月24日の未明に、もう何度目か になる故母の夢を見たからである。(その前の母の夢は宵戎の日、その前は年末の28日だったか ら、少し間があることになるが、母存命中はほとんど見たことが ないから、すごいペースだ)
それはこんなふうだった。
けっこう長い前置きのある夢で、憶えているのは、母と旅行に行こうと二段にフェリーを乗り継ぐ予定で、どこか分からない目的地に向かおうとしているところだったこと。遠距離なのでたぶん二段構えなのだ。
場面は、一段目の近距離フェリー乗り場だった。通勤時らしく、サラリーマンやOL風の客がたくさん階段を駆け下りてきており、母と私は座席を確保すべく、一番後尾にあったえんじ色の革張りの二人用の椅子を倒して、母にまず座らせ、私がその隣に座ったのだった。
と、その途端だ。母のスカートが前開き(今の流行にそんなものはないが)だったせいで、ぱらっと開いてしまい、そこから見えた素足が二十歳そこそこのまぶしいものだったため、「うわー、冗談よしてくれよ」と顔をそむけたすぐあとで目が覚めてしまったのだった。(たわけた夢ではある)
少し経ってから、hanaを何気なく見て、hanaの映像の列車に同席する思 う人との情景が夢のフェリーでのビジョンと似通っていたので、この映 像をYouTubeに探し当て、前記事に据えたような次第だった。
むろん hanaには、現在生きている最愛の人がメインとしてこめてある。この人との縁は不思議の連続であり、8年前に花の写真を贈ったことに始まり、フラワーセンターでいっそう思いが深まり、今は最初に贈った写真の実物の花の鉢を手に入れ、花を咲かせてから贈ろうと思っているようなことだ。
では、どうしてこの夢のことを特筆したのかといえば、「おい、冗談よしてく れよ」と目をそむけたほどのまぶしい肌だったことによる。
顔は仏壇の上に掲げている今ぐらいの母の顔。楽しそうな顔でもなかったのはなぜか分からないが、素肌はまったく若いという印象だった。
以前、故祖母故母共演の夢を紹介したことがあった。このときも祖母 は顔こそ祖母としてのそれであったが、肌は透き通り皺一つなかったのをまじまじ見ていたわけだ。
ただし、坊主頭に黒地の、寂聴さんが着ているような僧侶服を着て おり、それはまたそれで、私が祖母をイメージして書いた童話「たつえ おばあさん」の説法する祖母のイメージ像に近かったことに驚いている。(祖母の夢はこれが最初だったが、二度目はまた間もなしに見ることになる)
となれば、夢は見た者の願望の反映ともとれるが、私がむしろ持ったの は、死後の世界とはこのように、みんな若返ってそれぞれの思い通りに 活在しているものなんだという思いであった。
しかも、我々の認識している世界とは、ほんの薄い壁ひとつ隔てただけ の(意識を浅い睡眠に落とした「浅き夢・酒に酔ったような」)ところに あると思ったようなことで、これもまたhanaのイメージにあって、私の心象風景とは絶妙のシンクロ映像となっていたわけである。
こんなことを思うようになれば、あるいは生者よりも死者の夢ばかり見 るようになれば、もう先が近いというのも道理かもしれないほどに、最近は眠りが摂りにくく心臓が弱っている感もある。
しかし、死は私にとってなんら怖いものではない。生前の記憶をなくし て、すっとフェリーに乗っていたりして、続きのビジョンである旅を夢 見ているのではあるまいかと思う。
冒頭の()内の昨年末の夢には、なんと祖母とさらに28年前に亡くなった 父まで登場。しかも、農家の旧家のような広い間取りの畳敷きで、それ ぞれが明るい別の部屋でコタツに入り、テレビなどを見ていたようなビ ジョンだった。
どうして生者の夢をさほど見ないのに、死者の夢が多いのか。
これも何かの知らせかと思い、ジュセリーノなどの話なども総合して、直後に田舎物件でも探そうかと情報集めしたようなことだった。
少なくとも生前立派に生きた祖母や父母にとって死は、巷に噂のアセンションではなかったかと思える。
噂には、アセンション後の世界は、死者との交流もできるという。
多少奇想天外な世界になるかも知れないが、私は夢見でそれを先取りした気分に浸っているような次第だ。