滅びの時空に手向けん(タムケン?)

ジュセリーノ氏はじめ、予知能力者の話を総合してみると、どうやら我々は滅びが宿命付けられた世界にいるようだ。
そういえば、私など5,6才のときには、何でこんなところにいるんだろうと、四六時中しかめっ面していたように思う。私が撮られた写真はみな恨みがましい目つきをしていた。おそろしくこの人生が陰鬱なもののように思えていたことを思い出す。
モラル退廃の愉楽と欲に目の眩んだ化け物たちの拝金主義社会を経て、いずれ滅びに至るという暗雲が当時から予見できたかのようだった。
その暗雲とは、やがて神話が誘導したものであったことが分かってきた。西洋型の滅びを必然とする神話が、少しも希釈されずに適用される時空に、私はどういう理由でか、レコードの針を落としてしまったことを知った。
存続し発展する時空ではなく、滅びの時空もひとつの意識経験として捉えよという差配の神の命令があったかどうか知らないが(多分そうだろう)、どんな皮肉なことだろう、存続し発展する側の時空で、男として生まれていれば世界の盟主となる人物を皮肉にも母親に持って、滅びの時空で生み落とされた実に皮肉な存在が私だったのさ。
何ゆえここにいなくてはならなかったかについては、私がようよう晩年になってから、半分見えてきた。全貌は、推理するしかなかったが。
弁財天の加護を得て、この神の系統から助力者を得て、旧神話の跳梁を打破することを責務と考えるようになっていった。今はひととおりが終わり、見守りの体制へと転じている。自信の持てることではない。が、もうそれ以上に修築することもままならない。結果は、成行によって求まることとなったんだ。
そんな矢先に、ジュセリーノの噂を知ってしまった。いくつか手続きの選択肢がある中で、存続という最善と思えるルートは閉ざされたと思った。
ならば次のステージとして、滅亡の機に乗じて、一気に支配神の構図を元から刷新してしまう手続きが自動起動されることになる。
刷新後の世界については、創造神のもとですでにプランとして出来上がっていると、弁天様の使者たちからは聞かされている。だが、私は直接見たことがない。
それでいいのさ。私は所詮流れ者だからね。人呼んで夜明けの旅烏とは、あっしのことなんでい。
だがね。もうそろそろ身を落ち着けようと、このたびの七夕の日には、転輪王の前で、こんな願いをしちまった。
弁天様と結婚し、夫婦でひとつ小さな惑星を経営させて欲しいと。それが無理なら、意識は永久に要らんですと。
だって、あのイミテーション寺院でのプロポーズから、弁天様との関わりが始まったんだ。(笑わないでくれよ、Mさん)
もしかしたら、願いごとの仕方が分からなかったのは、あちきのほうだったかもしれないね。ちょっと短絡的だったかと思ってみたりする。
そういうわけで、もしかしたらみなさんとは、今生限りのお別れになるかもしれない。
ひととおり、仙人タイプの人たちには会ってきた。みんな最後の別離の挨拶だったかも知れないと思える。俗人とはほとんど関わりがなかったのも奇跡のようなことだ。
それでも、最後のときが来るまで、ここでおしゃべりができたらいいな。
ジュセリーノ氏も、orontoさん、イシスさんも、未来にたくさんハードルを用意してくれそうだ。それを人類がひとつ超えるごとに、引っかかってもクリアーしても、注解が書けたらと思うよ。よろしくね。

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