長野県安曇野のUFO

今日はOUCの会合に誘われていたのだが、行けなくなってしまった。
昨日の夕方にM総合研究所さんのところにその旨コメントした。するとそのとたんにトップ記事に飛んでしまった。そこで見たのは、大スポ一面に取り上げられた長野県安曇野の民家の上空に出現したUFO(円盤型)の写真だった。
夜空とはいえ、淡く発光して輪郭を現している。これが長時間滞空するようなことにもなれば、日本はUFOに見放されているとした偏見を改めねばならなくなる。
いや、ちょっと待てよ。
ははーん。
日本にも、宇宙人が成りすまして普通人のようにして暮らしているケースがある。ときおり納屋に隠してあるUFOを乗り回さないと、いざというときに役に立たないと考える者もいたりするものだ。今回はそのようなことではなかろうか。
ん? 母船から放たれた? それはほんとか?
地球温暖化に反応? それはまことか。
ところで、隣のステテコ爺さんが、前日あたりからいつになく張り切っていたりしなかったか?
真相は意外と身近にあったりする。

現実時間の加速と一炊の夢の対比

うつらうつらしていた夕刻のこと。
テレビでミヤネヤという報道系の番組をやっていたのだが、
ミヤネ氏の話し言葉が、あまりにも早口だった。
彼独特の早口なのだと思おうとしたが、それにしてはおかしい。
他のゲストたちの話し言葉も同様に早いのだ。
ちょうど、テープを早回ししたような。
ニ倍速で聞き取り訓練するというような教材があったが、
ちょうどそのような感じだ。
テレビ局で事前収録して、それを時間の都合で早回し?
そんなはずはない。ニュース報道系でカレントなはず。
しかし、よく聞き取れずに意味の理解がついていかないほどとなった。
間にはいるCMもなぜかテンポが速くて意味が掴みづらい。
ゲゲッ。これは”老い”の証拠か?
時の流れについていけなくなっている。
神経回路の通りが鈍ったせいなのか。
いや、それともほんとうに時間の経過が早まったのか。
噂では、フォトンベルトの中に入ると、膨大な光子の流れによって
時間経過が加速されるとか。
他日、彼らの早口は確かにあるものの、聞き取れないほどではなくなった。
だが、あの日のミヤネヤはどこかおかしかった。
随時発生型の痴呆症?
そう思ってしまえば、負けだ。
拙時空論を持ち出すなら、
プログラムを精査し実行する観測機能にズレが生じ、意識のテンポに
時空が合わなくなるようなことがあったのかも知れない。
それはプログラム時空を証左する驚きの体験となったように思えた。
(いやいや、そんな特別なことではなく、老いのせいだよ)
こらこら、そんなことはない。
時間経過が前にも増してスピードアップしているのだ。
2,3ヶ月前のことのように思っていたものが、もう一年以上経過していた??
そのようなことが目白押しになっている昨今である。
(老人になっちゃったね)
こらこら、違う。
ところがだ。
たった一時間半に見た夢の中の経験時間の長いこと。
一時間半とは、眠りのサイクルのひとつの標準的な単位とされる。
その中でさらに夢見の時間は限られるはずなのに、”一炊の夢”の
故事を彷彿とさせるほど、長い経験時間を感じたことがしばしばある。
それはなぜだ?
拙プログラム時空論からすると、
夢も現実と変わらない原理で生成されるプログラムの観測結果であり、
観測のために投入される時間軸が異なるから経験の密度も関係なく、
意識の経験からすると、まったく価値が同等のものであることにもなる。
ただ、記憶の授受が現実との間でうまくいかず、夢の経験は荒唐無稽の
範疇に封印されてしまいがち。
だが、ほんとうなら、それも意識にとっては有効かつ有意義な時間
であるに違いないのだ。
夢を見させない断眠実験をすると、やがて白日夢や幻覚を見るようになり、
いずれ精神的に破綻するというのも、現実と同等の意味があるからであり、
そのことを統一的に説明する「意識の本質」を語る概念が、あくまでも
事態を客観視したがる既存の科学を超えたところから出てこなくては
一歩も心の領域に科学的に踏み込むことなどできはしないように思われる。
ひとつ拙時空概念を検討願いたいものだ。