異界のB.J先生、オペの手の内

B.J先生は、異界では知られた人道的無免許医である。
だが、腕はそんじょそこらの権威だけで保たせている藪医とは違い、ほぼ100%近い成功を収めていると推測されている。ただ、問題は非常な高額報酬を要求することだ。しかし、それは外面的なものであり、彼の心を揺さぶるようなことには無料どころか命に代えてでもやってくれるという噂である。
見ての通り、たまちゃんは質素な暮らし。夫の妖怪もとんと金には恵まれぬ。しかし、たまちゃんの身体にはたくさんの命が宿っている。そんなわけで、先生の心が少しくらい揺れていないだろうか。などと妖怪は不謹慎にも思うのであった。
B.J先生は、確かに高額請求見積もりを妖怪に提示しているようだ。妖怪は、一生掛けて何とかしますとは言っているものの、果たして何万年懸かるやらの天文学的数字らしい。
しかし、B.J先生は、妖怪の申し出を了承し、人道的にたまちゃんを救うこととなったのだ。というのも、先生にもピノコという小さい奥さんがいて、どうやら似た者同士という思いになったもようである。
B.J先生は言う。
「この子には麻酔が使えない。あなたが傍にいて励ましてもらわなくてはならない。そこの部屋に服があるから看護婦に言って着せてもらいなさい」
「麻酔が使えないのですか?それでは痛いのでは?」
「麻酔を効かせると、彼女は働きを停止してしまい、彼女に宿っているたくさんの命が奪われてしまう。だからできない。彼女もそのことを了承している。早くオペ服に着替えてくるよう」
「分かりました」
妖怪は、たまちゃんとおなかの子供だけでも助かればいいと思っていたのだが、先生が承知しないのだろうと思った。
「では、オペの方針を手短に説明しておく。患者の要望により、皮膚の上に広がった病変のうちで悪性のものを焼き、まだしも良性のものを残すことにする。悪性のものはすでにマークしてある。それを用意してある器具を使い高温で順次焼いていく。今日のオペはそこまでで終了だ」
「広範囲の潰瘍はどうするのかね」と皮膚科の権威。
「全身の潰瘍の治療は、入院中に通常の治療方法を採る。ある程度の体力回復後に、皮膚下深部の悪性腫については抗がん剤治療と放射線治療を行う予定だ」
浸潤性の癌のこと。正常組織との区別を付け難い。他の医者はみな匙を投げている。そこは他ならぬB.J先生のすること。居並ぶ医師たちは任せて周囲で見守ることとなったのだ。
ベッドに小さく横たわるたまちゃんは、修道服を取ると、痩せて猫背でちんちくりん。頭は円形脱毛症になって見る影もないような地球の精だ。修道服でなんとか見れるようにしていたのだろう。そうだから手荒いオペになるというわけではない。妖精だから、人間の手術のようなことは行わないだけのこと。
高温で焼く器具というのを見ると、オロナミンCほどの瓶が15本、大鍋でぐつぐつ煮沸されている。
先生が、まず「一本目を」と言う。看護婦によって鍋からタオルで巻き取られた一本が先生に手渡される。先生は、たまちゃんの胸のところに3つあるマークのうちの一つの上にチリ紙を二枚重ねして置くと、うっすらと浮き出たマークに合わせるように、剥き出しの瓶の底をゆっくりと押し当てた。
「クーッ」
ふだん小声のたまちゃんが、のけぞって大きく唸った。
妖怪はまるでたまちゃんになりきっているかのように、目を皿のようにしている。
「ご主人。いつもしているようにしてさしあげて」とB.J先生。
「はっ、はい」
「たまちゃん・・・」と彼女の小さな身体を抱き締めた。
たまちゃんは大粒の涙を流しながら耐えた。短い脚に痙攣が走る。妖怪は泣きながら、一心に脚、手、身体全体を優しくさすった。たまちゃんは涙をベッドに滴らせながら、顔をほころばせた。
「たまちゃん・・・」
「よし、次に移る。二本目を」
こうして、胸の三箇所、背中の六箇所、首、脚、手と、すべてのマークの上で高温治療が施された。これを七日間同じ箇所に施術し、皮膚の癌組織を全滅させるという。
体力を消耗しきったたまちゃんが四人部屋に運ばれた。妖怪はつきっきりで看病である。施術箇所は火傷して赤くなっていた。
「大丈夫か?たまちゃん」
たまちゃんは薄目を開けて穏やかに妖怪を見つめ、やがて眠りに就いた。
<麻酔を使えばいいのに・・麻酔を使えばいいのに・・
ぼくは君だけが助かればいいんだ。命は後でいくらでも生み出せるじゃないか。あと六回もこんな目に遭うのか?>
妖怪はたまちゃんの背負ってしまった重荷を思い遣って涙した。