天井裏の怪異

どこからか、こんな会話が聞こえてきた。窓の外から聞こえているのか、すぐ傍で聞こえているのか、最近は耳が遠くなったせいかよく分からない。
「たまちゃん。もうあまりでかけなくていいよ。ぼくのところにずっといればいい。しばらく休憩だ。そう。一ヶ月ぐらいではどう?」
「もごもご・・・」
「戻ったときに、取り返しがつかなくなってるって? だが、君はいま病気にかかっている。せめてぼくの懐を病院だと思って、すごしておくれ」
「もごもご・・・」
「よくないよ。賛成できない。ぼくに考えがあるんだ。一ヶ月といわずに、これから向こう7年間、休養して欲しい」
「もごもご・・・」
「おっおっ、怒らないでよ。何でそうするか説明するよ。それぐらい放っとけば、君の身体を悪くしているムシが出て行ってしまうはずだからさ」
「もごもご・・・」
「分かるよ。アオたちも君の育てている大切な生き物だからね。しかし、ムシはぜったい別だぞ。アオの皮をかぶって混じっているから、選り分けてつまみ出せない。だからこの際、ぜんぶまとめて煙でいぶすんだ。君が手入れさえしなければ、あちこちから煙が自然に立ちこめてくるはずだ。ほんもののアオは必ずそこから煙の少ないところを見つけて這い出してくる。けど、ムシは煙のいちばんたまったところで集まって死に絶えるはずだよ」
「もごもご・・・」
「大丈夫。ムシは、全部いっしょに死に絶えるのを見て喜ぶ性質の生き物だからさ。だから必ず煙のいちばん濃いところに集まることが分かっているんだ。君や生き物までが、巻き添えを食うことはない。ムシの目の留まらないところに逃げて、誰もいないように装うんだ。そうすれば追ってこない。
ことに君が死んでしまったりしたら、この先、生き物を育てられなくなる。それはいちばん悲しいことだ」
「もごもご・・・」
「そんなに悲観するなよ。たまちゃんの将来については、考えてあげる」
「もごもご・・・」
「何を言ってるの。器量は少しも悪くないよ。ぼくは大好きだ」
「もごもご・・・」
「うっ。わ、わかったよ。でもぼくは川ちゃんと約束してるからなあ。それでもいいか。川ちゃんも容認するようなことを言ってたし、君も誰かの側室になりそうになってたこともある。ぼくはどっちが正でどっちが副なんて考えない。君とは、陸の子孫を創り、川ちゃんとは海や川の子孫を創る。とならば、君の身体の上はどこもかしこも、ぼくの子孫でいっぱいになるわけだ。みんな仲良くできるように、うまくまとめとくれよ」
どうやら天井裏に住み着いた妖怪の、豊かでのんびりした生活のひとコマらしかった。
ちょっと、下で暮らす者から一言、言わせてもらっていいかな?
「深夜にあんまり暴れんでくれよ」
---25日の追加記事----------------
25日朝5時、夜があけてきたころ、にわかに天井裏が騒がしくなった。
「うるさいぞ」と怒鳴ってやったら、一瞬物音はやんだものの、今度は「たまちゃんがいない、たまちゃんがいない」と叫びながら、またバタバタやりだした。
「どうしたのか」と問えば、「たまちゃん、ぼくのことを嫌いになったのかもしれない」と言う。
いつも飛びつくように、チューしてくるというのだが、昨晩は顔をしげしげと見るだけで、なにか警戒しているようで、懐に抱いて寝たものの、朝になったらいなくなっていたというのだ。
「探しにいったらどうなの」と言ってやれば、「ぼくが悪いんだ」と言い始める。
「たまちゃんは、律儀で仕事熱心で、ぼくが無理に仕事を休めと言ったものだから」
「でもあんた。たまちゃんの身体を按じてのことでしょ?だったら、気に病むことないよ」
「いや、そうじゃないんだ。たまちゃんはねえ、病気の原因のムシも同じようにかわいがってるんだ。みんなここに生まれた生き物だなんて言って。ぼくが変な提案したものだから、怒ってしまったんだ」
「そうか・・・だったら、悪かったって、話すべきだなあ」
「呼びかけてみる」
妖怪はそう言うと、私の部屋の窓を開けて、外に向かって叫ぶかのようだった。そう思ったので、「おいおい、人がまだ寝てるんだから、大声はだめだぞ」と制止した。
だが、窓を開けたとたんに、雨が吹き込んできた。
「たまちゃん、悲しんでる」
「そうか。雨だからか。しかし、きっとまた戻ってくるよ」
妖怪は天井の蓋を閉めて、閉じこもってしまった。
さて、その晩のこと。つまりこの記事を書いているつい1時間前のことだ。
背丈60Cmくらいの小太りで修道女姿のたまちゃんらしい影が窓を通過して入ってきた。
私は、「おっ。たまちゃんか?」と言うと、影帽子は気がついて、こちらを振り返った。
私は、「彼氏、反省してるぞ」と天井を指差し、笑顔で囁くと、彼女は気恥ずかしそうに、急いで天井の蓋をカタッとあけて入ってしまった。
しばらくして、キャッキャッと笑い声が聞こえた。
ああ、丸く収まったか。今夜はちょっと騒がしかろうが、気を楽にして眠るか。
ああ、だめだ。今日はまるでついてなかった。イチゴも昼間っからナメクジが涌いて、ぐちゃぐちゃだ。たまちゃんの気持ちは分からないでもないが、いろいろ考えると、憂鬱で眠れんよ。
やっぱ焼酎ひっかけるかな。
(25日20:25追加)
---26日の追加記事----------------
今朝6時になって、ようやく天井裏で物音がし始めた。
ドスドスとテケテケの二人分の足音がする。
今朝はずいぶんと遅いじゃないの。
しっかりお疲れさんして、眠ったんだろうな。
と、カタッと音がして天井の蓋が開いて、お二人さんが降りてきた。
見ていると、たまちゃんのほうが先導するように、窓からベランダへ出た。
フェンスのほうが背が高いので、プランター置き台に上がるや、妖怪に目配せしながら、土手のほうを指差している。
よく見れば、チョウチョが飛んでいるではないか。雨後のこんな時分にか。卵を産み付ける場所を探しているのだろうな。これはやばい。
が、たまちゃんなにやら、妖怪に説明している。
妖怪は素直にも、逐一頷いているではないか。(ははあ、先はかかあ天下かもな)
ここからでは二人が何を話しているかは分からないが、おそらくこんなことではないかと推測した。
昨日、妖怪が言っていたムシというのは、芋虫や与党虫などのこと。
たまちゃんという娘は、自分の背中でガーデニングをしているのだが、こうした害虫に皮膚が食い荒らされて、重い病気というわけだ。
私も、「さつまいもと芋虫」という童話を作ったことがある。
私は芋虫を良くないもののように書いたが、たまちゃんは、チョウチョやガ、ひいては芋虫などの食害する虫の立場を弁明してやっているのだ。
彼女には、チョウチョもガも、ガーデニングの一部なのだ。
羽化登仙する宿命を持って生まれた者は幸福者だ。
無知でいても、荒れ果てたガーデンを後にすることができるから。
しかし、もしガーデンが、全体で我が家の家庭菜園規模なら、農夫も野菜作りを諦めて、次に卵を産み付けるところさえ見出せなくなるだろうに。
そんな発想は、土着の老いぼれ農夫のすることかな。
だが私としては、今のうちに、チョウチョやガの先生たちに、野菜のどの部分を節約して食べ別けするか、議論を深めてもらいたく思うのだ。
そうすれば、たまちゃんは死んだりしない。元気を取り戻すだろう。
そして、この老いぼれ農夫も、妖怪も、心からチョウチョやガを容認することだろう。
なんせ、たまちゃんは妖怪の側室だから、もし死なせたりしたら、この妖怪なら宇宙さえも灰にしてしまうぞ。
あとが怖いから、言ってるわけ。分かってくれよ、みなの衆。
(26日7:15追加)
---6月6日の追加記事----------------
たまちゃん、妖怪との間に子供ができたらしい。おなかの中に宿ってるんだとさ。おめでとう、妖怪、たまちゃん。天晴れ、天晴れ。
妖怪よ、これからはたまちゃんに真剣に向き合わなきゃいけないね。
幸せにしてあげるんだぞ。
(6日20:15追加)