ラストバタリオンへの期待

ヒトラーが生前に用意したとされるラストバタリオン。心の底で期待してしまうのはなぜだろうか。
ヒトラーの画策したことは、確かに多くの殺戮を伴う無残なものであった。だが、その信条の裏には、おそらくは未来の、ユダヤによって形作られるおぞましいビジョンが、彼特有の霊視能力で垣間見ていたからとされている。
そのビジョンとは、今まさに米猶が世界平和に対して牙を剥き、侵略し破壊してやまない光景であっただろう。米猶がしているのは、殺戮よりももっと残酷な、人としての機能を損傷させて、動物以下の状態で生きながらえさせるという刑罰を異邦人に対して与えることであるらしい。
彼らの宗教思想は、あたかも平和の仮面を被っているが、人類の存続を願うものでなく、選民による速いパラダイスの到来を希求するものゆえに、むしろ異邦人の滅亡と世界の破壊を画策することになると、誰しも読めなくてはならない。
唯一、国際的な良識の府として設立された国連に対して、もはや事態の収拾能力を期待する声が聞かれることはなくなっている。
以前の記事でもしたように、日独伊が戦勝していたなら、もっと良い展開がありえたと信じたい。だが、そのパラレルワールドは過去の幻想として埋没してしまった。
そこで、ラストバタリオンに期待が向かう。
この記事を書いているときには、私は彼らにもうこの際、人が思っているような世界の救済を期待したりはせず、むしろすべてを終わらせる役目を果たして欲しいと思ったりしていた。
だが、推敲をめぐらすうちに、様々なシンクロがあって、改まった解釈をファンタジー的ながら先の記事に書いているのでご覧願いたい。
ラストバタリオンの噂を知ったのは、つい最近のことで、あまたある預言の中のどのあたりを占めるのか、分析しているところだ。
もしかすると、古事記の「黄泉の国」からの大脱出を助ける桃の実のことかと思ったりもしている。これなら、生き残るべき人類の救出に当たる役だ。むろんそのときには、黄泉軍(地上軍)を撃退してしまうシナリオが併せて存在する。ヒトラーもこれなら溜飲を下ろすことだろう。
いつからか偶然にUFOの件で活動するようになっていたが、今ではそれとこれを結び付けて考えているしだいだ。なぜ、UFOをライフワークのようにしだしたのか。
私は、たぶん実際にUFOの搭乗員と会見しているだろう。26年前に夢で見たのは、記憶を一旦消された40年前の経験的事実であったと考えている。ダークスーツ姿の英国風紳士だったが、旧ドイツ兵だった可能性はなかったか。これには目撃者もいて、照合が取れているのだ。
あのときいったい何を話し合っていたのだろう。未来がどう展開するか。彼らが何をして、私がどう関わるか。そういった細々とした仕様が語り合われていたように思うのだが。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です